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大和町から生まれた2億円の錦鯉。世界一のブランドを築き、守り抜く。


この記事は、2020年4月取材時点での情報です


【幸せづくり】
阪井養魚場 代表取締役
阪井健太郎(さかい けんたろう)さん
 

三原市大和町、山間の豊かな自然が広がるこの地で、世界一の鯉が生まれています。130年前に創業した「阪井養魚場」。ここで育つ錦鯉は、世界で最も権威がある「全日本総合錦鯉品評会」において、2019年まで3年連続、通算11回の総合優勝に輝いています。そんな錦鯉達を育て続ける阪井健太郎(さかい けんたろう)さんは、同社の5代目代表。

昨年の品評会、阪井さんの錦鯉は出品された2,000匹の鯉の中から審査員81名の過半数の票を獲得し、見事優勝。その鯉は、海外のオーナーに2億300万円という最高額で落札され、大きな話題となりました。

「総合優勝する錦鯉を育てることが使命です」と話す阪井さんに話を聞きました。


メイド・イン・ジャパンの錦鯉を世界の愛好家へ


敷地は約40ヘクタール。屋外の野池80面・稚魚池120面の合計200面の池をもつ

阪井養魚場では、年間3,200万匹の稚魚を孵化させ、その中からチャンピオン鯉を成長させています。錦鯉の命と言える色や模様は、メスとオスを掛け合わせて、理想とするものを作り出していくそうです。考えるだけで気が遠くなるような作業です…。池を確保するための敷地は、地域の住民から借りている場所もあり「周りの方々の理解と協力があってです。」と阪井さんは地域への感謝を忘れません。

「大和町の水は軟水で、鯉の飼育にも適していると思います。三原市は近くに広島空港があり、新幹線のアクセスにも恵まれているので、各方面からも足を運んでもらいやすいですね」と阪井さん。

阪井養魚場のビジネスは9割以上が海外向け。中国を中心としたアジアの富裕層の間では錦鯉の人気が高まっています。錦鯉はもともとが新潟県が発祥とされ、海外でもメイド・イン・ジャパンヘの関心から愛好家が増え、15年ほど前から、大きな盛り上がりを見せているそうです。

「錦鯉もヨーロッパではペット感覚ですが、アジアではオーナーのプライドを満たすためのブランド。それだけにシビアです。彼らは自分の錦鯉が競争に勝つことでステイタスを得る。それがメイド・イン・阪井のブランドなら大丈夫という信頼を築くことにつながります。私も多い時は月3回は海外に出張。オーナーからの依頼で飼育のアドバイスをしたり、海外の品評会で審査員を務めたりすることもあります」と阪井さんの活躍舞台はグローバルに広がっています。


独自のこだわりは「常に世界一と評価されるために」

阪井さんが参加する全国的な品評会は年に4回。出品された錦鯉は、姿・模様・色・大きさのバランスが評価されます。5cm刻みの大きさで階級が分かれ、90cm以上のものが競う無差別級で優勝した錦鯉が世界一となります。

チャンピオンとなる錦鯉は大型になるメスだけなのだそう


「私が再現したいのは、明るいオレンジ色に近い赤の色。そして白地との境目がはっきりしており、流れるような体のラインを持つ鯉です。錦鯉は大きなもので80cmから1mぐらいの大きさになります。品評会の当日に最高のコンディションを迎えられるよう、育てながら管理していくことは、鍛えられたアスリートと同じなんです。」と阪井さん。品評会で11回の総合優勝を獲得した背景には、阪井さんの徹底したこだわりとプロ意識がありました。

阪井養魚場が他社と違う点は緻密なデータによる養鯉方法にあります。年間3,200万匹の稚魚を16人のスタッフが繰り返して選別し、約50万匹になるまで選別した後は、阪井さん一人で選別を担当します。餌は独自の練り餌を開発し、阪井養魚場オリジナルのレシピで作る特注品です。

すべての鯉を一匹ずつ個別に管理しているため、魚体重に応じた配合・量を厳守しながら餌を与えている

鯉を育てる池や水槽では川から引いた水を最新の浄化設備でろ過した上で循環させるなど、常に水質にも気をつかっています。また稚魚が半年間育つ稚魚池は、水を張る前の土の段階で肥料を与え、肥えた土づくりから徹底。これは農業と同じ考え方なのだそうです。他にも、世界を狙う一匹を育てるための手間や工夫は大変なものです。

「毎日の巡回で体調の悪い鯉はすぐに分かります。」と阪井さん。鯉の管理はスタッフともに代表自ら行う


阪井養魚場で育てられる鯉は一匹ごとに写真撮影を行います。これは、写真の質が大きな差になるネットオークション用としての使用はもちろん、毎年発行するカタログブックでも使用します。鯉と血統・オーナーを紹介しているカタログの制作は阪井さん独自の取り組みです。

撮影の様子。鯉が美しく見えるよう、麻酔を溶かした水で鯉を眠らせ、一匹ずつ水中で泳ぐ姿勢に整えてから撮影をするという徹底ぶり


餌の配合から水質、一匹一匹の体調管理から撮影まで、すべては世界一の錦鯉を生み出すために。阪井さんの信念と情熱が伝わってきます。



伝統と革新を続けながら常にゴールのない挑戦を

子どもの時から家業の養鯉に触れて、学生時代には自分で鯉の売買をしていたと笑う阪井さん。父親の先代社長から「これからは英語が業界にも不可欠」と言われアメリカヘ留学した経験は、伝統を受け継ぎながらデータやマーケティングを取り入れる現在のやり方へつながっているようです。

「出したい鯉の色や形が再現できたとしても、自己満足では意味がありません。去年が良かったから今年も。それが通用しないのがこの世界。試行錯誤の連続ですよ。「頼れるのは自分の経験と培ってきた勘。これは人に教えようと思っても教えられません」。

「オーナーの期待を裏切れない、品評会で勝ち続けなければいけない、そうした終わりのないプレッシャーもあります」と話す阪井さん

独学で鯉の養魚に取り組んできた阪井さんですが、息子さんが事業を継ぐため、東京の一流料理店で修行経験を積む予定です。
料理と養鯉、一見異なる業界に見えますが、阪井さんが大切にしているのはどちらも職人の世界であるということ。料理の世界であれば礼儀や作法、厳しい環境がいい社会勉強になると次の世代へ期待を寄せます。

「勝ち続けるためには常に新たな挑戦、これからも自分は錦鯉で勝ち続けます。」錦鯉の世界で阪井ブランドを築き上げ、守り抜く強い決意を笑顔の奥に感じました。