仏縁に導かれ、地域に支えられながら歩む禅の道
この記事は、2019年3月取材時点での情報です
【幸せづくり】
龍泉寺
武田道育(たけだ どういく)さん
標高340メートルの白滝山の山頂には壁面に磨崖仏(まがいぶつ)が彫られた巨大な岩がそびえ、その岩の上からは瀬戸内の島々や中国山地までが360度見渡せます。
その巨岩の袂に、曹洞宗の龍泉寺があります。
この寺では現在、禅の修行のためにアメリカから来日し、日本に帰化して住職となられた武田道育さんが、修行の日々を送っています。
アメリカからやってきた碧い目の住職
龍泉寺は、奈良時代の僧、行基が開いた寺で、もとは真言宗の寺でしたが、江戸時代に禅宗の1つ、曹洞宗に改宗し、現在に至ると伝わります。
境内は瀬戸内海に面していて、そこからの景色は息を呑む美しさです。
「素晴らしい眺めでしょう。きれいに晴れていれば四国山地まで見えるんですよ」と、登山客とも気さくに言葉を交わすのは、龍泉寺の住職、武田道育さん。
住職とお会いしてまず驚くのは、その瞳が碧いこと。ペンシルベニア州出身の道育さんは、地元の大学で学んでいた頃、禅宗と出会い興味を持ちました。
「ちょうどアメリカで禅が広まり始めた頃でした。私も若者らしい悩みや不安を抱えていた時期でしたが、身も心も一切の執着から離れ、自分と宇宙が1つになるという禅の教えを学んで、心を落ちつかせることができたんです」と、当時のことを振り返ります。
三原へと導かれた不思議な仏縁
アメリカの道場で座禅を習った道育さんは1975年、禅について学ぶため、本の情報を頼りに来日しました。
福井県小浜市の発心寺(ほっしんじ)の道場へ入門しますが、在家のままでは長年に渡って修行することができないため、来日の翌年には出家を決意します。
「自分に務まるのか不安でしたが、良い師匠や周りの人たちに支えられ、今日に至ることができました。仏縁に恵まれたんですね」。
そして、環境を変えて1人で修行をしたいと思い始めたころに、訪れた竹原・忠海にある少林窟(しょうりんくつ)道場でさらなる仏縁を得ます。
その頃、龍泉寺には別の寺の住職さんが兼任されていました。
その住職さんと知り合う機会があり、思いを伝えると寺を管理しながら修行の場として龍泉寺に入ることを許可されました。
そして修行に励み、2002年には帰化し、その5年後には副住職となりました。2012年に住職となる晋山式(しんさんしき)が執り行われました。
地域とのつながり。そして世界へと広げたい教え
外国出身の自分が檀家の方々に受け入れられるか不安だったという道育さん。
「でもそれは杞憂でした。地域の皆さんが暖かく迎えてくださって、今でも私の日々の暮らしのこととか、寺のこととか、よく面倒を見てくださるんです」。
寺の掃除をするために、わざわざ山を登ってきてくれる方もいるのだとか。
さらに、昨年の豪雨災害の時も檀家の方々に支えられたといいます。
「寺に登る道路が寸断され、今も完全には復旧していないんです。でも皆さんが危険な道を登って水や食料、自家発電用のガソリンを届けてくれました。本当にありがたいことです」。
誠実な人柄で、地域の方たちに信頼され、愛される道育さん。
地域の病院や老人介護施設などでも禅の教えを説き、伝える活動を行っています。またアメリカやヨーロッパなどで仏道の指導を行う通訳として海外を回ることもあるそうです。
「世界のいろんな人に、お釈迦様の教えは素晴らしいと伝えたい。昔の自分と同じように悩んでいる人に、仏道という道があることを伝えたい。それを上手に伝えるために、自分自身もさらに修行して、もっと勉強しないといけません」。
道育さんの碧い瞳は、禅の教えと自分自身を真摯に見つめているのです。